
夢を持ちましょう!
10代の子達と接する機会が毎日ようにあります。夢を持っている子もいれば、持てないという子もいます。
夢を持ってないとはなんたることかと思いましたが、話を聞いていると様々ではあるのですが、根底にあるのは、無価値感です。
「どうせやったって仕方ない、俺なんか、私なんかどうせダメに決まっている」
「責任を取りたくない、努力をするのが面倒くさい」などなど。
結局、自分の人生って何だろう?自分ってなんなんだろう?意味がないじゃん、ってことらしい。
これは、誰が悪いとは一概に言えませんが、環境は大きく影響していることは確かです。
人間は生物ですから、自然と触れ合うことが本来必要なんですが、今はそれが極端に減ってしまっています。
根本的な「生きる喜び」を肌で感じることができないのです。自然の中にいれば、様々な生命力溢れるものに囲まれますから、必ず影響を与えてくれます。
生きる意味よりも何も先に、「生きる喜び」を自然が人間に与えてくれるわけです。
その子たちの中には、長期に渡って外国の農場のボランティアをした子もいて、帰って来ると顔つきがまるで変わって、逞しくなっていました。
厳しい生活ということもあるでしょうが、自然と触れ合って、たくさんたくさん大地から良いエネルギーを、生命力をもらったのだと思います。
家にこもりっきりでは、お日様の光すら浴びません。何処へ行ってもコンクリートばかりでは、自然に気力が失われて行っても不思議でないと思うのです。
皆、それぞれ役割があります。一見大したことではなさそうに見えることでも、大きな目で見たときは絶対にその存在が必要なのです。
言葉でいくら言ってもダメなんだろうと思います。だから、私たち大人も含めて、自然と触れ合う機会をもっと増やしていくことって大変重要です。
鬱なども絶対に解消されますし、無意味さや無価値感なども自然のパワーで払拭されてしまうでしょう。
やりたいこと、やってみたいこと、誰でもあるはずです。が、気力や生命力に乏しいと、それを実現しようと思えません。それに、普通に生きているのが辛く感じられるのに、それ以上努力しようと誰が思うでしょう。
だから、今の時代の子供達に必要なのは、お説教ではなく、自然と触れ合うことだと思います。大人もしかりです。そうすると、色んな心の歪みが正されていきます。
生命力を取り戻したときに、きっと何かに向かって頑張ろうと思えるのではないかと思います。
これからの社会ももっと自然を大切にし、触れ合う環境づくりを考えるべきです。
私たち人間はそれができる知性を持ち合わせているのに、どういうわけか破滅の方へ向かおうとしています。物質主義があまりに度が過ぎて、人間らしさ、生物としての感性を失っています。
もっともっとはもういいのではないかと思います。
魂には目的がありますし、それぞれが備えた才能もあります。それは、個人が「やってみたい、やれたら楽しいだろうな」と思うことにつながっています。
実際、やってみないことには分からない。やってみて違ってたけど、非常に共通する別のものに興味を引かれるかもしれません。とりあえず、やってみる。
一生を決めるというような決断ではなくて、ちょっと試してみようくらいのつもりで。
魂の目的に沿った選択であれば、円滑現象が起きます。すべての条件がすんなりと整ったり、必要な出会いがあったり、自分からワクワクしてどんどん知らず知らずのうちに、作業をこなしていったりです。いわゆる「ハマル」ということです。
どうやっても、うまく行かないし、やる気もでないというのは、「見方をちょっと変えてみよう」という合図かもしれません。微調整をしたり、一歩引いてみることで、違う側面が見えたりします。
逆にやりたくて仕方ない、やってみたいという気持ちがあるけれど、なかなかやれないことも、魂の導きである場合があります。これは、自分の中にブロックがあり、否定的な思い込みが、その能力にくっついている時です。
たとえば、音楽がやりたいと思ってもなかなかしない。探っていくと、子供のころに「音楽なんかじゃ飯は食えない」と親が何度も口にするのを聞いていたことに気がついたり。
また、過去世の経験から、自分の才能を使った結果、大失態をしてしまったとか。(これは、才能自体に問題があるわけでなく、その使われ方、自分のエゴや周囲との関係の仕方に問題があるということです。)
だから、怖くて使えない、発揮されると困るという思い込みが潜在的にある場合です。
でも、こういうことも、実際一歩を踏み出してみないことにははっきりとわかりませんし、やってみようかなと思ったとき、それが自分にとって正しい場合は、なんらかの形で合図があるはずです。
「こういうことをやってみようと思うんだけど」と周囲に話をするのも第一歩です。そうしたときに、「え?いいんじゃない」とか、「やったほうがいいよ」とか、「やめとけやめとけ」とか、色々言われるでしょうが、その時の自分の反応が手がかりです。
賛成してもらって「うれしい!」と思ったら○です。反対されて、「でも、やってみたいな」と思ったら○です。とりあえず、やってみましょう。
こういうことをしようと思ってるんだけど・・・と相談されることがあります。直感的に向いている向いてないというのは、わかります。だから、質問をして、たまにちょっと意地悪なことを言って、「そんなことしなくてもいいじゃない」なんて言ったりします。そうしたときに、相手がムッとして、「でも、やりたいんです」と言えば、応援します。
だって、僕が他人の人生を決められるわけないんだし。本人は結局自分をはっきりさせたいだけですから。ただ、アドバイスとして、こういうこと好きでしょう?こういう才能があるよ、子供のときこういうことをよく夢見てなかった?とか言って、魂の持っている能力を思い出してもらいます。
「こうしたいんだ」と頑固になっている時は、誰が何と言っても結局自分のやりたいようにやります。それが、ふさわしくないとしても、本人がその経験を必要としているのかもしれないのですから。
夢って、もっていると原動力になりますね。夢があるから、色んなことにチャレンジしたり、自分を磨いたり、新しいことに踏み出せたり。自分の可能性をどんどん引き出す原動力です。
変な話、全部叶わなくてもいいじゃないですか。その過程のほうがより大切だったりします。
結局はここで皆学んでいるわけですから。体験して学んで。だから、夢はいっぱいあって、それに向かって進んでいけばいいんです。
楽しい人生を歩むためには夢を持つことは絶対に必要なことですね。
年齢なんて関係ない。「こうなったらいいなぁ〜」という気持ちを大切にしてください。
そして、少しでも近づけるようなこと今日やってみましょう。
それをやることで、どんなに小さいことでも、夢に一歩近づくんですから。
達成しないと意味がないと決め付けないで。おそらく達成できないことはたくさん出てくるかと思います。でも、やってみないとわからないんだから。その道中にたくさんの面白いことが待ってるかもしれませんよ。
10個あって、1つでも達成できたら、ゼロよりは嬉しいです。
でも、夢を持たないことには、最初からゼロですね。
もし、ひとつも達成できなくても、それに向かった過程で得られるものは大きいですね。
だから、夢を持っていいんです。夢を見ましょう。そして、小さな一歩を踏み出しましょう。
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