植物・鉱物との対話

植物や鉱物(水晶など)と話をしているなんて聞くと、「あ〜、こいつもとうとう・・・」なんて思うかもしれませんが、まずは軽い気持ちで聞いてくださいませ。

神社などに行くと必ずと言っていいほどあるものが、ご神木です。神の宿っている木。そして、私達は不思議にもこういうことを受け入れています。それもあまり深く考えない。あ〜ご神木か。ちょっとさわっていこう〜位のもんです。

ちなみに、左の写真は南阿蘇の幣立神宮にある杉の木で樹齢が(詳しくは忘れました)・・・、まぁ相当なもんです。

こういう大木が生い茂っているような場所にいくと、生命の息吹を感じるものです。木ってとってもあたたかいんですよ。知ってました?体温とでもいうくらいに、あったかです。そして、木によっては、色んなメッセージをくれたりします。

僕は観葉植物などが好きで、部屋にいっぱい置いてあります。そして、なんとかちゃんと育てようとしていますが、ものぐさの性格が災いして、全滅に近い状態のときもありました。今は手間要らずのポトスが中心ですが、少しずつまた増えています。

植物は悪い氣を浄化してくれます。そして、一番よい手入れの方法は対話をすることです。人間のようにはっきりとした自己があるわけではありませんし、知的な理性を持っているわけでもありませんが、(観葉植物のようなものはー大木のようなものは、もっと意識的である場合もあります)漠然とした雰囲気のようなものを発するのです。それを、読み取る方がどのように解釈するかによって、言葉に翻訳されます。

例えば、「あ〜水が欲しいな〜」とか、「この辺の葉っぱ切ってくれたほうが助かるな〜」とか、「ここは暑いから、家の中に入れて」とか。植物の種類によっても、見た目の個性の違いもあるから、当然伝わってくるものも違います。ポトスなどは僕にとって、あまり手を焼かない、なんだか気にしないというような感じで、自らの生命力に溢れています。

この間買ったガジュマルなどは、意思表示をはっきりします。妖精の宿る木と言われている所以でもあるのでしょうが。しかし、これは、この植物はこうなのだというように性格判断をすることはできません。うちにいる植物がたまたまそうなのかもしれませんし・・・。

植木屋さんにはよく行きます。この前家の近くの植木屋にいったら、名前も知らないような植木に目が釘付けになりました。というか、心が釘付けです。なんていったかな〜、中国の西安のどうのこうの書いてあったと思うんだけど。それから発せられるエネルギーの素晴らしいことといったら。まるで、神社の境内にでもいるかのような感じでした。

でも、残念ながら売約済み。同じ種類の木がもう一本あったのですが、それとは全く違うエネルギーを発していました。なので、木によって違うのです。また、本当に精霊が宿っている木というものがあるということです。因みに、その心を奪われた木に近寄って、「あなたは、何でそんなにすごいエネルギー発してるわけ?」と言うと、言葉でなく、だだっ広い宮殿のようなイメージ、オアシスというようなイメージがポンっと伝わってきました。そういう場所にいた精霊が宿っているのでしょうか。周りに人がいましたので、深く突っ込めなかったのですが、家庭用の植物を見て、あんな幻想的な感覚に陥ったのは本当に驚きでした。


今巷では、パワーグッズ、癒しグッズなどと銘打って、水晶や様々なタイプの鉱物がアクセサリーとして売られています。こんなこというと怒られるかもしれませんが、加工して雑多に陳列されているものの中にパワーを持ったものは皆無と言ってもいいかもしれません。その上、たくさんの人に触れられていろんなエネルギーを吸収しているので、買ったままだと良くないものを発しています。

爆裂水晶とかいって、明らかに人工的に熱を加えて加工した、今にも砕けそうな水晶なども売ってあり、痛々しい限りです。「何が爆裂だよ、水晶が悲鳴あげとるやんけ」と思ったりすることもあります。

僕は一時期石マニアであったときがあり、高い買い物はしないんですが、水晶やらなんやら買っていったときがありました。(あ〜ごめんなさい)今思うと僕の実験台のようになってしまった水晶さんたちに申し訳ないですが・・・。とにかく色んなことに活用し(瞑想、ヒーリング、浄化、願望達成、潜在能力アップ、魔よけなど)使うだけ使って、愛情をそそがなかったがために、結局活かしきれなかったという経緯があります。今はすごく気に入ったものを大切に使わせてもらっています。

水晶などは、言ってみれば増幅器です。時計などにも使われているくらいですから、分かると思うんですが。目的を設定することもできますし、ちゃんとあたたかく世話をしてあげると、コンスタントにパワーを発揮してくれます。植物と同じような感じです。

自分が気に入ったものを選ぶというのは大前提ですが、買ったからには、大切にしてあげたいものです。ものにもよりますが、植物と違う点は、先ほどもいったように、目的を設定したりできるということで、これはその石に役割を与えるとそのように機能してくれるということです。

植物はそれがない。「や〜だね〜」なんて言われかねない。ちゃんと世話すれば、それなりに助けてくれたりもするかな?でも、水晶などは「ポジティブなエネルギー」とインプットすると、それを記憶してくれます。ただ、気をつける点は、人の念が入っているものがあるとちょっとやっかいです。それがいいものであればいいのですが、「これを持つ人が幸せでありますように」と言った類の念であればいいのですが、「私のことを好きになって」とか「こんなに愛してるんだよ」というようなちょっとドロっとした念だといい影響はありません。

だから、プレゼントされたら氣をつけてね。(笑)とは、いうものの、よほど念の強い人とか、水晶にプログラムを施すなんてことが出来るマニアックな人は、そんなにたくさんはいないでしょうから。結局効力は時間とともに弱まっていきます。

氣になったら、石を手に持って光で包むイメージをしながら、「私に害のあるエネルギーはすべてキャンセルされます」と言って浄化しましょう。それでも、嫌な氣がしたら、川や海に返すか、土に返してあげましょう。

生半可にエネルギーを感じたりできるとかえってよくないこともあります。僕も一時期自分が混乱していた時期があり、とにかくパワーを求めていた頃がありました。強いエネルギーを発している水晶を見つけると「あっ、これはなんかいいかも」と思って買ったりしていたのですが、血迷っていたので、強いエネルギーは荒々しいエネルギーのように錯覚してしまい、その水晶のおかげで益々混乱することもありました。結局は川の中で、その水晶の人生は終わりました。(涙)

強いエネルギーは本来精妙でとってもとっても繊細なエネルギーです。ですから、ガツンと来るようなエネルギーというのは、印象として確かにパワフルなのですが、オーラをがたがたにすることにもなりかねません。自分の印象で、心がウキウキするというような選び方は正しいと思いますが、何か強いものを感じるというのはちょっとやめておいた方がいいかもです。でも、それも経験です。経験しないとわからないこともありますからね。


アトランティス時代には、この水晶などを使ったヒーリングや知識の記録、コミュニケーションや磁場調整、教育や生活環境など、あらゆる面でクリスタルが活用されていたようです。僕も見た限りでは、本当にたくさんの役割を担っていました。水晶で作られた楽器なども多数存在しており、僕は、今でいうシンセサイザーのような(パイプオルガンに近い?)ものの鍵盤がすべて水晶でできているようなものを弾いている自分の姿を見たことがあります。

また、現在でもあるクリスタルボールというものもアトランティスに由来していると言われています。あまり深くは言いませんが、結局度が過ぎてアトランティスは崩壊します。(あ〜やだやだ)

クリスタルにまつわる話は山のようにありますから、興味のある人は探ってみてください。結局、ものは使いようです。自分勝手にやっていると惨事を招くことになります。互いにコミュニケーションして、最善のために作用するということを、どんなときにもプログラムする必要があるかと思います。


僕はいつも水晶のブレスレットを身に着けています。梵字の入った水晶玉とヘマタイトのミックスです。これは、宗像にある鎮国寺というお寺で売っているもので、見た瞬間に惚れてしまいました。使い方は、毎朝それを手にとってレイキを使った瞑想をします。そして、一日中光と愛で満たされますと言ってその中に光が宿るのをイメージします。

何度も何度も繰り返してやると、役割ができあがってそういう風に機能してくれるようになります。だから、ひとつの水晶にいろんなことをプログラムするのではなく、使い分けたほうがいいのではないかと思います。

特殊な能力が必要なわけではありません。毎日ポジティブな言葉を浴びせるだけでもいいと思います。「私は愛で満たされています」とか、「幸せを受け取ります」とか、「今日も一日健康で元氣です」とか、そういう言葉です。そうするとそれを増幅してくれます。

手入れの仕方は色々ですが、両手に包んで、光で満たすイメージをしながら「いつもありがとう」ということでもいいと思います。塩に埋めたり、太陽に1時間くらいさらしたり、海水につけたりと色々です。自分の水晶に聞いてみてください。答えてくれますよ、きっと。


僕がここで一番言いたいことというのは、いい石選びや植物選びをするということではありません。私達は人間や動物以外でもしっかり生命と意識を持っている存在と共存しているのだということを知ってもらいたいと思うのです。

人間の勝手な都合のいい解釈で自然を破壊したりすることの愚かさを認識しないといけません。相手が話しをしないし、人間のような生き方をしていないというだけで、支配者のように振舞うのは大きな間違いであり、しわ寄せが必ず人間に返ってきます。

植物でも鉱物でも、動物でも人間でも、愛情をもって接すれば、それに応えるという基本的な事を、一番思い出さなければならないのは、私達人間かもしれません。そして、絶えず植物や他の生物達は、それを人間に知らせようとしているのではないでしょうか?

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