念が怖いねん〜!?

ここは、ちょっと怖い話がでてきまっせ〜。何も脅かすわけやないんやけど、ちょっと知っててもらわなあかんと思って。何で大阪弁みたいな言葉つこうてんねんって?それはな、念の話やからや、そう、念の話やねん。ねんやねん。ははっ、(あ〜くだらなすぎる、オヤジ化現象。これが言いたいがために、タイトルまでつけて・・・アホやねん。もう、ええわ)

はい、ごめんなさい。・・・ええっと・・、生霊って聞いたことあるでしょ?人の念がとりつくってやつです。幽霊よりもずっとたちの悪いものです。でもね、こういうことを経験する人って霊感が強いとか弱いとかあんまり関係ないんですよ。

生霊というのは、人の想いがぐぐっと凝縮されたものです。そして、よい生霊と悪い生霊があります。よい生霊というのは、例えば、お母さんが子供に愛情をかけて、この子が危ない目に会いませんようにというような強い想いによって守られている場合とか、お坊さんが祈祷などによって、お札や数珠に守護の念を入れることによって、そういうパワーを発揮したりする場合です。

悪い場合は、嫉妬や執着、恨みとかの場合です。恋愛でよくあることですね〜。僕も含めたくさんたくさんそういう被害に会っている人を見てきました。(被害という表現は適切ではないですが)

人の想念というのは、考えだけではありません、感情もしかり、イメージも加わります。「このやろ〜」って考えながら、その感情がないってのは、おかしいでしょ?やってみて、そういいながら、無感情ってこと。間抜けですね〜。(笑)

だから、人の想念というのは、思考、感情、イメージ、そして時には意思、目的まで加わることがあります。

ずっと昔ですが、アメリカにいたころ、あるアメリカ人男性が僕の所にヒーリングを受けにきました。見るなり、ただならぬ、どろどろ、ガシガシ、ぬめぬめとしたエネルギーに取り巻かれていていました。とりあえず、体のどこが悪いのかとか色々話をしていると、見えてきました。

「あの〜、2人の女性が絡みついているのが見えるんだけど、心当たりありますか?」と聞くと・・・。この男性、ふうーっ、と深いため息をついて、話し始めました。実は今離婚の調停中で、妻とももめている上に、弁護人である女性弁護士と関係を持ってしまって・・・。ドラマのようなドロドロ加減ですが、この三角関係によって、3人が様々な念を飛ばしあって、互いのエネルギー搾取しあったり、傷つけたりを繰り返していました。

そのおかげで、この男性は気力がなく、精神的にも大混乱しており、もともと依存する傾向があるために、強い2人の女性の念に振り回されている状態です。

まぁ、事情はともかく、とりあえず、このしがみつくような2人分の生霊をこの男性から離そうとしましたが、こりゃまたしつこい。とりあえず、今は応急処置で、外して、本人のエネルギーを取り戻してもらい、ちょっと話をしました。依存することを繰り返していると、ずっと同じような状況を繰り返してしまうということ。

結果的には、自分がどんどん不幸になるし、よい関係は得られないのだから、自分をもっと大切にすることを学ばないと・・・など、今から思えばもっとましなことが言えただろうなと思いますが、そんな話をして、彼もわかっているものの、ついつい酒に手を出す、一人の関係がまずくなると、また別の人・・・。そして、本気でそれを変えようという気をもっていませんでした。

結構こういうタイプの人はいます。依存する人。そして、ぐちゃぐちゃしてる人間関係はイヤだといいながら、そういうものに惹かれてしまうというような人です。これは親との関係からひきついでいるものがほとんどですが、本人がもう十分だ、もうこんなことは二度と御免だと本気で思わない限り、変えることはできません。そして、慣れ親しんだ修羅場の味をしっかり、きっぱり忘れるためには、時間がかかることも多々あります。

結局、この男性は元気にして帰りました。その後ヒーリングのセッションをまた予約したいと言ってきたのですが、丁重にお断りしました。たくさんたくさん、今の経験を味わうことが先決だと思ったからです。



ある他の男性の場合。この人はお得意さんで、定期的にセッションを受けてくれていましたが、ある会社のヘッドでしたから、大変な責任を負っていました。いつも疲れ果ててはいたものの、明るい性格と希望に満ちた態度が幸いして、重症であることはあまりありませんでした。が、ある時、「わっ、頭とお腹と背中に矢がいっぱい刺さってるよ〜。どうした?」と聞くと、会社の再構築と合併のために、たくさんの人を解雇してきたと涙ながらに話してくれました。苦肉の策です。

責任者は本当に辛いでしょうね。そう、人の念、怒りや恨みは、「矢」のような形になって突き刺さったり、ナイフのように切り付けたり、嫉妬となるとなんとも言えないベトベトしたエネルギーとなってまとわりついたりします。人の感情や想いは一つだけでなく、色んな思いが複合的に存在していますから、そういうものがいっぺんにやってくることもあります。

矢を全部取り除いたら、楽になったと言っていましたが、でも彼の中の罪悪感や一種の敗北感などは、残ったままですから・・・。その時は元気になる手助けをしてあげられますが、人生に直接関与はできません。はがゆい想いもありますが、単に手助けのみで僕の仕事は終わりです。

生霊というのは、言ってみれば自分の分身です。自分の想念から作り出された怪物とでもいいましょうか。ですから、生霊を出す方は自分の身を削っているわけです。その想いがあまりにも強い時、その生霊自体が生物になって意志を持ちます。「殺してやる〜、呪ってやる〜」みたいなものです。相手にそれが届くと、様々な症状となって現れます。

生霊の特徴は、波動が極めて低く、荒く、肉体的な現象を引き起こしやすいということにあります。つまり、原因不明の腰の痛みとか、めまいとか、頭痛とか、胃に激痛が走るとか。また、思考回路にも影響を与え、極めてネガティブになり、イライラして、人の言動がすべて否定的に聞こえるといったような状態にもなります。

また、エネルギーを根こそぎ吸い取られるような感覚、異常な脱力感や恐怖心になることもあります。これは、ケースバイケースです。が、単純に言えば、物事が空回りするというような、運勢衰退現象が起こり始めます。人間関係がうまくいかず、自暴自棄になりやすく、また自分本来の精気を失ってしまうということです。

怖くなってきた〜?思い当たることある〜?って、別に怖がらせようとしているわけじゃないんですが、しっかり知っておいて欲しいことがあるんです。

それは、意識的に考えようが、無意識で自分の否定的感情の赴くままに相手を恨んだりしていることが、結局は自分にとって大変大きな大きなマイナスになるということを知ってもらいたいんです。
念のキャッチボールは、2人の人間が同じ波動にかみ合わないと成立しません。つまり、ひとりはすごく愛に溢れていて、平和的であるのに、すごくおどろおどろしいほどの恨みの念を相手から受けるということは稀です。また、日常を愛情たっぷりに過ごしている人が、すごく恨み癖のあるような人と親密な関係を持つということも稀です。恋愛などにおいては、お互いのエゴがぶつかり合い、互いに憎しみ合うということによって、つながっているからこそ、生霊キャッチボールができるというわけです。

恋愛に限らず、相手の勝手な思い込みによってこれがおきる場合があります。僕も経験しましたが、相手が自分のことを好きで好きでたまらない。でもこちらはまるでその気なし。だんだん、相手の色めきだった言動に気がついて、ちょっとうっとうしいなと感じて、知らん振りでもしようものなら、相手はたちどころに燃える炎のように執着心に火がつきます。

全部、自作自演なのですが、自分で勝手に恋愛気分でいるわけです。そういうのが続くと、こちらは全く関係ないと思っていても、相手の想いが強く、また黒魔術のようなことをしてくると、だんだん妙なことになってきます。

愛憎という言葉があるように、最初は好きという気持ちがあって、でもそれをうまく発散できなくて、表現できずにいると、どんどん溜まって、勝手に傷つき、勝手に苦しみ、勝手に恨むようになっていきます。原因が何であるにせよ、そうなったら、生霊誕生です。そして、受ける側も聖人ではないですから、その生霊さんを受ける要因になるような低い波動だってあるわけです。「もう、いい加減にして欲しいな〜、うざいんだよ」みたいな気持ちは、生霊さんとご対面するいい素材です。こりゃ大変だ。

こういう場合は、その人にしっかり本心を直接話すのが一番です。抱いてる幻想をぶち壊すということです。ちょっと乱暴な言い方ですが、要は「迷惑なので、やめてください。」ということです。

色々事例はたくさんあるので、枚挙に暇がありませんが、ここまでひどい状態でなくとも、よくよく日常的に起こっているし、あなたも加害者であり、被害者であるかもしれません。

会社で上司の悪口を口癖のように言っているとか、好きな人の相手に勝手にジェラシーを抱き続けたり、恋人が浮気をするのではないかという不安を抱き続けたり、何年も前の彼氏、彼女に対して未だに許せないという想いがあったり・・・。

しかし、実際はこれはある意味ゲームでしかありません。対戦相手のいるゲームです。どちらかがやめてしまえば、ゲームは成立しなくなるのです。

普通は別れるというようなことを考えるでしょうが、2人の間で納得していないと、何年たってもこの想いだけが行き続け生霊となっているということもあります。ですから、ゲームをやめるということイコール、自分の中の否定的な想い、特にその相手に対する想いを見つめ直して、許し、抱きしめ、手放すということです。

「人を呪わば穴2つ」という言葉がありますが、これは、呪ったほうも、呪われた方も墓穴を掘ることになるよということです。つまり、否定的な想いを持ち続ければ自分の人生が破滅的になります。恨まれた方も同じような想いを持ち続けているわけですから、結局は同じです。

人がいがみ合うということがどんなに非生産的で、破壊的であるかということをよくよく肝に銘じなければなりません。

グループ同士の争いや国家間の確執といったものも同じことです。いずれにせよ、ゲームに参加している間は、これが繰り返されて解決などないのだということを互いに知る必要があります。

古い時代においては、黒魔術的な戦略を使って相手を攻撃するということも普通にあったようですし、今の日中韓などの関係においても、何十年もの歳月を経ても終っていない、心の戦争があります。今の時代にこれが強調されているのは、当然ですが、ここで、くだらないゲームを続けるのではなく、もっと高い道があるということを個人レベルで意識的に培っていく必要があると思います。

単純な話、悪口を言わない、いつまでもしがみ付かない、依存する関係より、もっと自立したバランスのとれた平和な関係を望む、自分の傷を癒し、古い感情を手放していく、人生を楽しむというようなことです。魂は永遠であっても、この人生は長いようで短い。ですから、恨む時間とエネルギーを自分の成長と幸せのために使ったほうが懸命だということなんです。

恨み癖というのはあります。毎日何かに不満を言い、ついつい人に対して不平不満を言ってしまうという癖です。また、自分に対しても。これは、癖であり、培われたものです。だから、意識的に変えられることだということです。

その恨み癖を植えつけてきたように、毎日毎日、感謝の言葉、肯定的な言葉を唱えるように意識し続けてください。最初は嘘っぽいとか、馬鹿馬鹿しいとか思うでしょうが、でも、思い出して欲しいことは、自分の出している言葉、考えによって自分がマイナスエネルギーを振りまき、自分に返ってきているということです。

もっとたくさんの肯定的な言葉を意識的に使うことによって、イヤな人もイヤではなくなりますし、よい波動を持った人達や物事とつながるパイプを太くすることになります。

念は誰でも発しています。自らがその犠牲にならないように、よい言葉、よいイメージ、よい態度を身に付けることで、生霊さんともお別れです。

完璧になる必要なんてないんです。ついつい「このやろ〜」と思ったら、「おっとっと〜、素晴らしい素晴らしい、ありがとうありがとう」と言って、肯定的な言霊で打ち消してください。

世界中を取り巻いている想念ということを想像して見てください。あらゆる性質のものが常に常に無限に存在しています。あなたが否定的であれば、すぐにでも同じような考えの人達と一瞬につながることができますし、また、あなたが肯定的で楽観的であれば、同じような考え、心理状態の人達とつながって、その影響を受けることができます。

私達はつながっていて、また場所や時間を問わず、どこのチャンネルに意識をあわせるかという選択する力も持っているのです。

幸せになりたいと願うのでしたら、幸せな人を恨むことでは達成できません。実の所、幸せな気持ちというのは、今すぐにでも得ることができます。ただ、そこにチャンネルをあわせればいいだけです。世界中にいる幸せいっぱいの人達のことを考えてみましょう。今この瞬間、何千万という人達が笑顔で喜びに満ち溢れているのです。そして、自分もその一人になってください。

これを繰り返していくと、自分の波動がどんどんあがって、そういう体質になっていきます。幸せな感覚をすぐさま呼び出せるようになってくるのです。こういう人は、必然的に幸せを呼び寄せることになります。

私達は常に選択があります。何を選ぶのかは全くの自由です。それは、どう考えるかということから始まります。


生霊の話に、おまけです。生霊が取り付いているからなんとかしてくださいと言う人がいます。が、生霊は取っても取っても、相手が生きている限り、同じ想いを抱く限り続きます。自分では忘れていても、古い記憶として封印していて気がつかない場合もあります。だから、よく考えて下さい。生霊がでる程までに、その人は傷つき苦しいのだということ。どうしようもないくらいに、寂しく、つらいのだということを理解してください。

結局は、心の問題です。自分にされたくないことを他人にしない。また、気前よく許すという寛容さがないのでしたら、自分にそれが備わるように努力するべきです。愛するということは、本当はどういうことなのかということを考え直すいいチャンスかもしれません。自分の身勝手な言動がこれほどまでに相手を苦しめることもあるのだというような謙虚な態度も必要かもしれません。

生霊イコール悪いものでなく、相手の気持ちになって考えてみれば、自分の改めるべきところ、また、相手に対する謝罪の念や許しの念が処方箋となって、生霊がしずまることでしょう。

形や呼び名こそ違うけれど、結局は心の問題なのです。人としての心のあり方の一側面です。そこを恐れたり、憎んだり、また削除しようというような態度を取り続けている限り、そこに縛られることになってしまいます。


生霊や人の念ということを恐れる前に、自分の心をよくよく見つめ直せというサインでもあります。つまりは、自分のどのような領域にもっと愛が必要がであるかということを見せてくれているということです。

私達の心の中に許し、愛(そういう部分があってもそれを包括する愛)が広がると自分の波動が上がっていきます。そうすると、それにかみ合わないものとの接点がなくなる、或いは、そういうものを恐れなくなるために、それに振り回されたり、被害を受けたりという関係がなくなるということです。

やはり、体についても、人間関係についても、自分の心の問題についても、そして、それが霊的な要因を含んでいても、解決するための絶対パワーは、「愛」ということになるかと思います。




Copy rigihts reserved @ Kanon/Spiritual Counselling & Healing by Kuon