仏

苦労するためにここにいると一回受け入れてみてください。

生きることは最初から最後まで簡単ではなく、苦しいものなのだと。

ただ、苦しいだけではなく、楽しいことも、悲しいことも、嬉しいこともある。

色んなことが織り成して人生となるということ。

分かりきったことかもしれませんが、多くの人は人生で起こる事柄に抵抗します。

苦しい状況に陥ると早くそこから抜け出したいと思って、その状況から目を背け、

解決策を考えつつも、感情的に振り回されて、苦悩します。

苦しいと思うのは、抵抗しているということに他なりません。

状況にさからおうとするがために、苦しむのです。

人生には山もあり谷もあり、そういうものなんだと始めからわかっているのに、

谷に来たときには怯え、山に登ったときには、つかの間の至福にしがみつこうとしてしまいます。

この世の全ては刹那的であり、流動的であるのです。

ひとつの幸せが永続する事はできません。また、ひとつの不幸が永続することもできません。

そういうものなのです。ただ、自分から一生懸命良い事にも悪いことにもしがみ付く(執着する)と苦しむのです。流れに抵抗するということです。

ぎゅっと掴んだ手を離さないでは、次のものを掴めないのです。世の中はそうなっています。


もし、今度苦しい、辛い、嫌な状況に陥ったら、自分はこれを嫌っていて、実は真の在り方をそのまま見ようとしていないのだと気づいてください。

その状態は自分がもっとも必要としていることを教えてくれているだけかもしれません。

人を通し、状況を通して、あなたの人生にたくさんの示唆を与えてくれています。

それは、単純にそういう普段の意識ではわからないことを、顕著に教えてくれている贈り物。

「苦しい、ダメ、おしまい」そういう見方をしている自分がいるというだけで、実は違う見方をしてご覧、もっと物事の核心が見えますよ、という合図なのです。


誰にでも備わっている仏性をうまく使うこと。一呼吸置いて、物事の真理を見る癖をつけることによってたくさんのことに気がつけます。そして、無闇に苦しむ必要がないことがわかります。

もし、自分が愛に溢れ、叡智に溢れた仏様であれば、この状況をどう見るだろうか?

そうやって考えてみてください。

無理でしょうか? 必死になって苦しみにしがみついている自分がかわいいのでしょうか?

生きている限り、生き抜かなければなりません。与えられた命ですから。

そして、生きるも死ぬも自分で決められることですが、今生きているということは、生かされているということだと肝に銘じなければなりません。

わざわざ苦難の多いこの場所での人生を選んで生まれてきたのにも、わけがあります。

それだけたくさんのことを経験し、学びたいからです。

だから、同じことを同じように捉えて、ぐるぐる繰り返すのではなく、自分の中の仏に気がついてください。

そうすると、今まで観てきた辛いことが、贈り物に変わっていきます。苦難が苦しいことではなく、チャレンジすることに変わっていきます。そして、運命は自分次第で変えてゆけることを理解できます。

こんなにも恵まれた世界はありません。自分がどうするかを決めたら、そうすることができるのですから。

物事の実体はあってないようなものです。色や形も実はあってないようなもの。

それをどう見るかは自分です。だから、どのように見たいのかを決めてゆけばよいのです。

よいことで溢れた世界だと思いたいのであれば、自分の目を良い事に向けなければなりませんし、心を楽しいこと嬉しいことで満たすように務める必要があります。

病気の人を見て「気の毒だな、なんてかわいそうなんだ」と思うのは、優しさではありません。
実は自分勝手な思い込みです。

病気の人を見て「頑張って生きてるんだな。いいこと学んでるんだろうな」と思う人。
これも勝手な思い込みには違いありませんが、その人の中に力を見ています。

この考え方の違いは、大きな違いであることは明白です。本人だけでなく、相手に与える影響も大きく違ってきます。

こういうことをすべてに当てはめて考えてみましょう。

今の自分を見て、どれだけ成長してきたか、どのくらいの可能性がまだたくさん残っているかと考えられる人。逆にどんなに不公平な世の中に生きていて、どんなに無力かばかりを考えている人、人のせい、環境のせい、社会のせいと、自分の人生の舵取りを一切放棄している人。

これは、よくよく考えてみると、単純にその人がどう世界を見ているかということだけ。

何もしなければ、今のあなたの心をそのまま映し出す世界が見えているのです。


自分が変われば、世界が変わるのです。

そう、自分が変われば、世界が変わるというこの場所は、思っているほど苦難に満ちたとげとげしい場所ではなく、いつでも幸せを感じられるようになれる、そういう可能性を常に持っています。

だから、あきらめてはいけません。あなたは数十個ある可能性のドアをほんの一つだけ、見つけただけかもしれませんね。もっとたくさんあるのです。

本来、学ぶということは、楽しいことなのです。そして、失敗はつきものです。

どんなに苦しい状況にいたとしても、それも経験のひとつ。学びのためのひとコマです。

自ら学ぶチャンスを放棄してはいけませんよ。またひとつ輝きを増すための経験ですから。

耐えてじっと苦しめと言っているのではありません。苦しむのを、抵抗するのをやめて、

経験してください。

苦難の道としての人生ではなく、贈り物が溢れる人生を歩んで下さい。

自分を輝かせるための贈り物。真の自分に気がつくための贈り物。

時にハードルが高くなったり、険しい道になったり、時に下り坂で楽だったり、素晴らしい物事に感動したり。それは、すべて贈り物なのですから。経験することに抵抗すると本当の意味で受け取ることができなくなってしまいます。

「よし、今の状況を受け入れます。学べることをしっかり学ぶので、それがわかるようにはっきりと教えてください」

この言葉を覚えておいてくださいね。必ずサポートがやってきます。必ず答えが見つかります。



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