まとめてQ&A
ここでは、おさらいも含めて、超常現象/心霊現象/過去世/UFO/など、僕個人の体験を元に出来る限りのことにQ&A形式でお答えしようと思っています。質問の内容は実際今までに受けたものを参考に編集させていただきました。固定観念を捨てて、ファンタジー感覚で捉えてもらってもいいと思います。僕の独断なので、参考程度に気楽に考えてください。では、さっそくはじめましょう。
Q:同じ夢を何度も繰り返してみたりするのは、どういう意味があるんでしょうか?
A:私達は霊体であり、肉体であるという存在です。霊体としての私達は普段知覚していることよりももっと複雑かつ繊細、多種多様の情報を受け取ったりしています。この霊体のことをアストラル体と呼んだりします。夢というのは、このアストラル体が自由に行き来できる世界(アストラル界、幽界)であり、日常の世界からの影響、自分の考え感情の影響も干渉できると同時に、他のアストラルレベルの魂達と交流したりすることが可能な場所です。
同じ夢を繰り返し見るというのは、自分にとってのメッセージが必ず隠れています。それは、何かに注意しなさいとか、今抱えている問題にはこういう宝物が隠れているとか、この先どのようにしたらいいかなどのヒントです。
市販の本は参考にはなりますが、当たったり当たらなかったりというようなことが必ずでてきます。だって、アナタの意識から作り出されているものなのですから、一般化するほうが本当はおかしいです。ですから、何度も同じ夢を見るなら、その詳細をよく覚えておくと良いと思います。そして、今度見たときは、その夢の意味をしっかり理解できると心に誓ってください。自分のガイドさんにお願いしてもいいです。
Q:悪夢にうなされてしまうんですが、どうしたらいいでしょう?
A:理由は様々にあります。寝ている場所や方向がよくない、多大なストレスを抱えている、人の念を受けている、浄化作用のひとつ・・・など人によって色々です。
まず、場所や方向でそうなっている場合、とりあえず確認するために違う方向で寝てみるとか、違う部屋で寝てみるということをしてください。当たり前のような話ですが、汚れて散らかり放題の部屋の氣はよくないですから、夢に作用することはもちろんあります。綺麗に片付けて、部屋の四隅に盛り塩してみましょう。
運動不足で、頭ばかり使う人などは、ときどき不眠症という不安定な睡眠状態から霊体と肉体が安定せずに悪夢のような状態を引き起こすこともあります。体をしっかり動かすことは大事ですね。あと、こころの休まるしずかな環境音楽(自然の音)などを小さく流しておくと、場のエネルギーが安定します。観葉植物をおくことでもエネルギーが活性化されるため悪夢から解放される助けになるでしょう。
念を受けている場合、つまり誰かから強いネガティブなエネルギーを受けている場合。上に書いてあることをすべてやってもダメな場合ということで、お話しますね。
どこの神社でも扱っている「天照皇大神」の札を枕元におく。これはアマテラスオオミカミのエネルギーをもっている札です。この言葉自体にもパワーがあります。
タブーとしては、水晶などをおくことです。水晶自体は善も悪もありませんから、(プログラムをしていないと)へたをすると念を溜め込んでしまうことにもなりますから、使わない方が無難です。
念である場合は、心の問題を解決するチャンスですから、人間関係のあり方や自分の心の中にある否定性ということをもう一度よく見直してみましょう。許し、愛することができたときにふとはずれます。
浄化である場合、夢では、日常で何年も過かってやることを数時間で処理してしまうということも多々あります。カルマの浄化とか精神的な重荷を手放すということです。実際は悲しいことなどないけれど、おお泣きする夢を見たりとか。長くても2,3日で終ると思いますので、心配無用。
Q:悪魔は本当にいるんでしょうか?それと悪霊と呼ばれるようなものは?
A:いる、という観念から存在します。では、いないと思えばいないのか?というとまたちょっと違います。まず悪魔というのは、宗教的な背景が色濃くあり、善と悪という観念から生まれたものです。人を憎み殺戮を好む傾向のある人がいるように、私達の想念の側面にはそうした悪魔的な領域が存在します。昔の人は信心深いために、悪魔を信じました。そして、恐怖から善の道を歩まないと、つまり戒律を守らないと悪魔に心を支配されてしまうという考えがあったわけです。それは時代とともに形を変え、今でも私達の心の中に存在しています。
実際僕も家の中が悪臭で満たされ、何んともいえない寒々とした冷たい感覚で満たされる、話し声を効く、うごめく黒い影、精神錯乱状態というようなことを経験したことがあります。それこそ得たいの知れない悪魔に、心底怯えて夜も眠れない日々でした。そのおかげで、様々な理解を得ることができたのですけれど。
人がひとつのことを信じるようになると、意識の集合体ができあがります。悪魔に恐れおののいた人達は常に悪魔を意識することによって、この悪魔を創造するわけです。
悪魔には役割があります。いくら悪魔というものであるにせよ、結局は私達はひとつの場所から来ている一側面ですから、悪魔も私達も元をたどれば同じところに向かっている違う表現であるといえます。
戦争を憎むように、罪人を憎むように、悪魔を恐れるように、と私達がそういう感情を引き起こすたびに私達はそれに同化しています。悪魔が存在できるのは、私達の心の中にそれがあり、また私達がその存在を恐れているからに他なりません。自分の否定性をよくよく観察して、怖がらず、憎まず自分の側面であるとして、無償の愛を向けるならば、それは脅かす存在ではなくなるのです。
悪霊にせよ、たちの悪い霊にせよ、同じことです。私達は善ということを支持する気持ちがある反面、悪魔的なものに惹かれてしまうことがあります。しかし、興味本位でそういう世界に首を突っ込まないほうが身のためです。結局は心の闇ということですが、よく理解していないと、ひきずりこまれる可能性もありますので。
想像の産物だと言えますが、それが存在しないのかというと存在します。私達の憎しみや悲しみや恐れが目に見えなくても存在しているのと同じです。
Q:妖精とか妖怪っているの?
A:もちろん。私達は形あるものに注意を払いすぎです。もっと感覚的なことに心を開けばたくさんの共存している生命体に出会うことができますし、人間の持ちえる叡智を最大限に引き出すことが可能だと思います。妖怪というと、一反木綿とかろくろ首とか・・・僕はそういう形では遭遇したことはありませんが、カエルと蛇の中間のようなものや、植物の妖精とかの体験はあります。人間に恨みを持っているものは別として、普通はただただそういう形をとって生活しているというだけです。 アストラルレベルでは、妖怪の世界があるのかもしれませんね。楽しいですね。
人間は知性もあり磨けばもっと光る霊性をもっていますが、そのことに着目しないと、自分達が王様であると勘違いして、他の生命体と共存していることをないがしろにしてしまいます。向こうにしてみれば、「なんだよ、一体何様なんだよ、俺達の住む場所をめちゃくちゃにしやがって」というような感情をもたれても仕方ないし、しっぺ返しをくらったとしても自業自得。この先の人間の将来は、共存がテーマです。自分勝手はもうできませんね。
Q:先祖の霊の祟りとかって本当にあるんでしょうか?どうすればいいんでしょうか?
A:まず、祟りかもしれないと言って恐れおののくのはどうかと思います。祟るということは、どういうことでしょう?言い方を変えれば、「訴え、懇願」です。そう、言いたいことがあるということです。一人の人間が誰かを祟るほどに憎いと思ったりするエネルギーを考えてみてください。どれほどの痛みを抱えているのか、無念を抱えているのか察しがつくと思います。
確かに血統ということから、同じ時代に生まれていなくても因縁を被ることはありますが、それも言ってみればカルマです。ですから、祟りだ〜と言って悪魔払いのように扱っても解決にはなりません。向こうの言い分をしっかり受け止め、許しを乞い、また安らげる場所に送ってあげるといことをしてあげるということです。これを本来「浄霊」と言います。だから、それを無碍にあつかったりするのは絶対にあってはならない行為です。(除霊というのはこれにあたります)
だってね、ご先祖様でしょ?他の霊にしたって、同じ人間だったんだから。人と人の関わりです。人としてちゃんと扱ってもらえなかったということでの苦しみなわけだから。
よくよく考えて下さい。祟りは、結局「訴え、お願い」であるということ。だから、何をして欲しいのかを愛情を持って考えてみましょう。生霊と違って、肉体のない霊というのはずっと素直です。表面的には、殺してやるだの、人生をめちゃくちゃにしてやるだの言ってますが、本当は「私は苦しくて、苦しくて仕方ないんです。どうか助けて下さい」って言ってるんです。だから、人と話をするように、ちゃんと相手のことを分かってあげて、同情もしてあげて、でも諭すところは諭して、そうすると、すっと成仏します。僕も何度もそういうセッションをしてきましたから、いえることです。僕たちみんな霊ですよ〜!
Q:UFO、宇宙人って本当に存在するんですか?
A:わくわく。わくわく。あ〜わくわくしますね〜。僕はUFOをこの目で2,3回、エネルギーUFOは無数に見ています。一概にこういうものだと説明するのは難しいです。様々な存在がいるようです。エネルギー体、つまり意識体としての宇宙人?は絶対にあります。UFOに関しても、物理的に存在するものとエネルギー体として可視範囲で見える場合とそうじゃない場合があります。
僕の個人体験からすると、エネルギー的UFOは、丁度お皿くらいの白く発光する物体で、僕のエネルギー調整をしてくれます。夢の中でもUFOと追いかけっこしたり、どっかに連れて行ってくれたりと極めてフレンドリーな存在です。これは個人的な意見です。
実際物理的に目にしたのは、ニューヨークで。夜のセントラルパークを散歩しているときに、三角の黒いものがすーっと音もなく頭上を通っていきます。両手に低周波の振動を受けているような感じがしました。最初はハングライダーか?とも思ったんですが、ずっと見ていると雲の中を突き抜けて飛んでいるんです。つまり、それくらいの高度をとんでいるにも関わらずハングライダーが頭をかすめているのかと思うほどの大きさだったので、一体どれくらい大きいのか・・・、ひえ〜っ、とおもいました。何かとても人工的で機械的でしたから、ステルスかとも思ったのですが、その巨大さから、また両腕の不思議な振動から、別物だろうと思いました。ただただ呆然と見ていました。
宇宙人ということで言えば、これもエネルギー的にはあっても、物理次元で握手するというような経験はないのでわかりません。たくさんのタイプがあって、肉体を持っていないもの、肉体を持っていて人間と代わらない形をしているもの、まったく違う形をしているものなど。そして、地球に来ている目的も様々なようです。
しつこいようですが、宇宙人だろうが、地球人だろうが、同じ魂の旅をしている生命体には違いがなく、そして大本は同じ所から来ているものです。宇宙人さん達にも色々大変な事があるんだよ。
太古の昔から文明に関わりを持っていた、地球外の生命体。その歴史は一言で言えるようなものではありませんが、どの文明であろうとも、結局は同じ家に帰り着くための旅の途中にあるのです。
地球が侵略される???それはないでしょね。向こうから見たら、僕たちも宇宙人なわけです。そして、僕達の多くは他の恒星系の文明に転生しています。だから、今さらいるだのいないだの・・・、って僕は思ってますけど・・・。どうでしょ?
Q:人は死んだらどこにいくんでしょう?誰でも天国にいけますか?
A:まず、魂の死ということはないのだと覚えておきましょう。肉体の死はあります。肉体が滅びることをこの世界では死と言います。死んだ後に残るものといえば、私達の意識です。つまり、感情を伴った心と様々な観念をもった記憶や想いが残ります。これを総称して、想念と呼びましょう。
魂の本質は光ですが、それを覆っているものが私達の想念です。死んだ後は、この想念の波動にしたがって同じような想念のある場所に引き寄せられると思ってください。つまり、自分や他人に対してよく思っていれば、そういう場所にいくし、世の中を恨んで死んだ場合、そういう場所にいくことになります。
日本では四十九日というものがあります。正確にその日数なのか知りませんが、ある程度の期間は、移行期間として、新しい世界になれるための準備期間があるようです。僕はそこにいったことがまだないので、こういうものだといえませんが、ガイドさんたち(先に無くなった親族や友人達を含む)によって導かれ、色んなことを理解する、手放せる余計なものは手放すというような作業が行われるようです。その後、その人の持つ波動に準じていく場所が分かれます。
ただ、魂というものははっきりと個別化しているわけではありません。地上のように、私、アナタという境界線がはっきりあるわけではなく、ただそういう意識があるだけです。ですから、似通ったものが集まる場所においては、たくさんの想いを共有することによって、そういう波動を持つ世界を作り上げるといえます。
天国と言う場所は、自分がどういう生き方をするか、また、天国という場所は自分にとってどういう場所かによっても違うと思います。ただ、魂の本質に気がついて、全てよし、自分は本当に真理を生き、使命をまっとうしたとなったときには、いわゆる天国とも思えるような場所に移行することができるのかもしれません。つまり、今の自分の人生のあらゆる領域において、愛情を注いで、自分も周囲も愛するようにしていれば、そういう愛に恵まれた場所に必然的に移行するということになります。
Q:白魔術、黒魔術というのは本当にあるものですか?
A;あると思います。私達は長い歴史の中で、人生をコントロールしようと様々な方法を考えてきました。ある文明では、磁場を調節することで気候や人々の心の安定を目指したこともありますし、ある時代においては、占星術のようなことで、ある時代では魔術的なことで、ある時代は戦争や宗教を使って、ある時代では遺伝子操作をすることによって。白魔術、黒魔術というのは、多種多様な意識体の力をかり、また自分達の念の力、潜在意識の力を使って行うものです。ですから、可能だと思います。
ただ、人を恨むということは、結果的に黒魔術と同じといえます。ある人の幸せを願うということは、白魔術です。その工程に様々な儀式や呪文、精霊の召喚などが加わると倍増するということでしょうが、僕個人としては、事によっては大きなカルマを作ってしまって、結局後になって自分が刈り取ることになるので、十分配慮すべきことがたくさんあります。
仕返しをするということは、相手に相応のことをするのですから、それがどんなに理に適っているように見えても、自分が出したものは帰ってくるという法則からまぬがれません。そして、被害者になってしまったら、復讐するのではなく、ただ防御に徹するほうが無難です。
念の話の項でしましたが、結局はたわいもないくだらいゲームです。心をゆがませたものがぶつかり合っているだけです。ゲームをやめてしまえば、終わりです。困った時は、自分の真我にお願いをしてください。そこから学ぶべきことを教えてくれますし、助けてくれるでしょう。
Q:念仏などは修行をしないとパワーは発揮されないものでしょうか?
A:「俺は修行してないから、こんなこと唱えてもダメかな」という想いによって、パワーが半減すると思ってください。昔の人は本当に知恵者だったと思います。漢字をよくよく見てみると故人の知恵がうかがい知れます。真意を理解していないとこういう字は思いつかないだろうなと感心してしまいます。
簡単スピチュでも紹介しますが、いろんな呪文、というかマントラとよばれる言霊があります。その言葉自体にパワーがあるので、無宗教な人でも「効果があるはずだ」と信頼すれば、必ず効果があります。神道では、禊ぎ払えの祝詞やアマテラスオオミカミという言葉、仏教では般若心経、キリスト教では、聖書の一文、また単純に「アイシテイマス」、「アリガトウゴザイマス」という言葉もマントラであり、パワーがあります。ひとそれぞれにあったものがあるかと思いますので、試してもらう以外わかりませんが、要は良い言葉には良いエネルギーが宿っているということです。力を抜いて、その言葉を心の奥底に染み渡らせるように唱えると、パワーが湧いてくると思います。
ただ、一つ言いたいことは、どんな念仏やマントラであっても、自分の意識レベル以上の場所とはつながれないのです。それは、どんなに名刀といわれる刀を持っていても、使い手が未熟であれば、その本領を発揮できないのと同じです。
意識が高いというのは、喜びの状態であり、心の底に流れる安心感であり、崇高なる光や愛に対する絶対的な信頼の状態です。だから、ネガティブになってしまっているときに、そのネガティブに一生懸命意識を向けて唱えてもうまくいきません。絶対に大丈夫という確信を持って、リラックスし、余計なことを考えずに無心になることで効果が現われます。無心になる、大切なことです。
Q:ガイドとつながって色々な導きを得ているのですが、いまひとつよくわからないときがあります。何かよい方法はありますか?
A:スピリチュアルガイドの項を読んでもらいたいのですが、ガイドと話をするという時の心構えとして、90%は嘘かもしれないと疑ってください。特に名前を名乗ったり、色々と指図をするような声には耳を傾けてはいけません。なぜなら、ガイドと呼ばれる存在達のいる世界は、他の波動の低い存在達の世界とつながっているからです。
はじめは役に立つ導きでも、そのうち回答があいまいであったり、矛盾したことを言ったり、自分がどれだけ優れてるかということを言ったりして、巧みにエゴをそそのかします。また、こういうレベルでは自分の意識が入り込む隙間があるので、自分の想念によって作り上げられる世界でもあります。こういう風に言って欲しい、こんなことを予言して欲しい、或いは欲しくないという思いが干渉できる場所なのです。
自分を本当にまっさらにすることができれば、明確なメッセージがわかるでしょうが、自分は困惑していたり、悩み事を抱えているときは、難しいです。だからこそ、もしメッセージが来たと思うのであれば、とりあえず90%は嘘であるくらいに思って、すごく突っ込んだ質問をどんどんしてください。一番の見分け方は、つながっていると感じるときに、深い安心感や喜びの感情を伴っているか否かをチェックしてください。本当のガイドは愛に溢れています。ですから、自分が何か大きなものに包まれるような感じがしたり、感動を覚えたり、癒されたりすることが伴います。
明確なメッセージを受け取るコツは、自分をなくすことです。心も頭も空っぽにすること。気持ちの上では、感謝の気持ちで溢れているような明るい気持ちでいるほうがよいです。
悩んで苦しいときこそ、ガイダンスが欲しいのですが、ガイドはその時は大体において、じっと見守っています。自分で答えを見つけて欲しいからです。だから、そういう時にたくさんメッセージが来るというのは、疑問視するほうが無難です。
そういう時は、「僕は一生懸命ここから学ぼうとしていますが、どうしてもわかりません。どうか、ヒントをください。自分でしっかり理解できるように、見直しをしたいので、どうかヒントを分かりやすく与えて下さい」と言います。
後は、自分で考えて、どうしても抜け出せないときは、おまかせです。必ずヒントが来ます。どういう形で来るかは、それぞれですが、必ず答えが見つかります。
Q:力のあるガイドがいると有名になったり、成功したりするものなのですか?
A:本当に位の高いガイドというのは、現世利益に興味がありません。人の魂を導き、真我へと統合していく手伝いをすることが目的です。そういうことから、力のあるガイドということが何を指して言うのかを定義する必要があります。
私達はこの世界に、言ってみれば修行するため(僕はこの表現があまり好きではないのですが)に来ています。魂を磨いて本当に幸せになるためです。出世して、お金持ちになって、有名になるということが、それに一番良い人もいるでしょうし、全く違う場合もあります。
守護霊のおかげで出世したのだったら、守護霊に出世欲があることになります。欲がある守護霊ですから、結局はそんなに位の高い存在でないのは明白です。ただ、自分が「世のため、人のため、自分のため」とやった結果がそうであるなら、それは、副産物としての出世であり、名誉なわけですから、ご褒美です。
自分の欲のために守護霊を使うように考えると、そういう低い霊を呼び込みます。欲にまみれた存在達ということです。波長が合うためによってくるわけです。でも、本当の意味での幸せには遠のいてしまいますし、結果的には不幸になります。
こういう波長が合うという、牽引の法則があるため、最初の志はよくても、段々物欲的になっていったりすると、影響するガイドもどんどん低くなってしまいます。心の平安を見失って、路頭に迷うことになるのです。
だから、感謝することはとても大切なのです。心を磨くよい訓練ですし、波動を高めてくれます。結果よい導きも自然と受けられます。なので、自分らしく、人生の浮き沈みも経験として楽しく受け止め、更に磨きをかけていこうと積極的になれるし、自分の役割を果たすことが可能になっていきます。自分次第です。自分の心がけ次第でつながる波長が変わるのですから。
Q:自分の前世が守護霊というのを聞きましたが、どういうことですか?
A:霊的なこと、魂のことなどを3次元的に理解するには少し無理があるなといつも感じていますが、例えで話はできます。
私達は今肉体に宿っているので、個々の存在として見分けがつきますが、魂という観点からみると、もともとは同じ場所に存在する同じ要素を持った一つのエネルギー体です。魂は分裂します。一つの木の枝から何枚もの葉が出ているように、それぞれの葉は個別化していますが、幹は同じです。大きな目でみると、何々の木ですが、どこに焦点をあわせるかによって、葉だの、枝だの、根っこだのと分類されます。
親指が前世であり、中指が又違う前世、小指が現世、薬指や人差し指が来世、でもそれは一つの手と言う場所に属しています。魂の世界は時間の概念がありませんし、まったく分離したものという概念もありません。一つの手があり、何千億以上もの転生を指が示しています。それは、手のひらに戻ってきたり、またニョキニョキ伸びたりします。大本は同じですから、違う指であっても同じような情報を持っているわけです。
人として、前世や守護霊を捉えるとよくわからないかもしれませんが、意識でつながっている大きな大きな大本があり、その一部が、今回は自分という個性を持ってこの世に生まれているが、前世では違う個性、また違う個性という表現をしているということです。ですから、前世が守護霊的な役割をしているというのは見方の問題であって、当然といえば当然なのです。。
結局のところ、自分の真我(ハイヤーセルフ)ということを理解すると、ガイドとしての存在が意識上のものであり、自分と全く違うどっかの誰かではないということが分かってきます。つまり、一緒なのです。言い方を変えれば、自分の意識の上での兄弟はガイド、親はハイヤーセルフ、でも結局は自分の家族に変わりないし、同じ血を分けた同じ人種の同じ境遇にいる仲間であるということになります。(微妙に伝えきれていない部分もあるのですが、分かりやすく説明するとこんな感じです。)
Q:「オーラがある人」といいますが、そうなるためにはどうすればいいのでしょうか?
A:まず、オーラがない人などいません。生命体あy物質には必ず磁場というようなエネルギーがあります。ただ、生命体の場合は無機物に比べると放射されているエネルギーが格段に強いのです。
同じ人間でオーラが大きい、強い、小さい、弱いなどはありますが、もともとは皆光の存在ですから、個性があってもエネルギーを放っているわけです。ただ、いろんなものがその光を遮っているように見える場合があります。それは、深い悲しみだったり、恨む気持ちであったり、自己嫌悪であったり、と光に満ち溢れた自分を否定している考えや感情といったものが、光を遮断しているとき、光を放てないので、世間で言う「オーラがない」という状態です。もっと深く見ていくと、誰しもが真我というとてつもない輝きにあふれた存在であることを確認できます。
では、輝くオーラを身にまとうためには、やはり心がけです。自分が本当は光り輝く存在なのだ。今のありのままで、十分なんだということ、過去を手放し、自分自身を自由にすることです。肉体を強化すること、食事管理をしっかりすることなども影響してきます。人生を楽しんでいる人のオーラは輝いています。
オーラは作るものですし、自分の心と体を現すものですから、輝くオーラにしようと思うなら、自分が輝けるように自分を見つめ愛していく必要があります。
芸術家や俳優など霊媒体質の人達は、その性質のためにパフォーマンスをする時に一種の憑依をされることがあります。英語ではオーバーシャドウといったりしますが、本人に指導霊などのスピリットが乗り移って演奏したり、踊ったり、絵を描いたり、作品を作ったりするのです。この時はオーラが格段に広がるので、観客は圧倒されるような存在感を感じたり、心を奪われるように吸い込まれたり、理解できない感動を覚えたりします。
こういう場合は、やはり本人が日頃から鍛錬し、技術を磨いたりして最良の道具になることをしていなければなりません。つまり、自分を磨いているということです。
ガイドの所でも話をしたように、それ相応の器があって、そこにふさわしいエネルギーが入ってくるということです。
Q:事故や病気というのはスピリチュアル的にはどういう意味があるんでしょう?
A:ケースバイケースですが、意味を持たせるのは結局自分です。そこで、謙虚に自己反省したり、周囲のことを考えたり、自分の生き方、考え方を見直すきっかけにしたりとなれば、その災難は転じて福となります。しかし、責任の所在を追及することばかりに囚われたり、悲しみや後悔、自責の念にしがみついていると、せっかくのチャンスを逃し、不幸を更に上乗せしてしまいます。
すべてには理由があります。カルマの法則が働いているので、すべてが必然であるのですが、それを活かしてよりよい人生を歩んでいくきっかけでもあるわけです。カルマだから仕方ない、ということではなく、それを受け止めそこから学べれば本当の意味でカルマが解消されます。ひとつ上のステージに上がれるわけです。
ですから、どんな困難があったとしても、そこには必ず変革のチャンスが隠れています。大きな学びのチャンスです。そういう時こそ、「ありがとう」が言えるといいのだと思います。
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