過去世について興味をもたれている方もたくさんいるのではないかと思って、このコーナーをもうけました。過去世を知るということは、生きていく上で必ずしも必要なことではありませんが、魂の履歴を知って、今ある人生をどう有意義に過ごすか、どうやって抱える問題に取り組むのかというヒントになる場合があります。
私達は様々な状況で様々な役割を演じながらたくさんのことを学んでいきます。
そう、演じているのです。とてもうまく演じているために今の現実が
すべてであるように思い込んでいます。
だからこそ、関係する人達すべてが役者であることを忘れて、
ドラマの中で体験が出来るともいえます。
あなたが親しくしている人々、敵のように思う人、
ほとんどが過去世から関係のある人かもしれませんね。
過去世とカルマ
過去生はあるのだという過程のもとにお話していきます。僕自身もいくつもの自分の過去世を断片的に覚えていますから。(20こ位あるかな〜)
しかし、これはあくまで過去のことであって、一番大切なのは今の人生を生きるということです。だから、知る必要はないといえばない。それに、過去から持ち越している課題は、自分の幼少期などの体験から読み取れますし、また自分の持っている才能や友人、恋人、家族など周囲に居る人達を見ると、過去世からのつながりで今の関係を持っている人達がたくさんいます。
ただ、私達は過去を忘れることによって、互いに違う役割を交互に演じたり(親が子、子が親、男と女が逆とか、恋人が兄弟であったりなどなど)していますから、それを知ることで納得することもあれば、逆にこじれたりすることだってあるわけです。
だから、何故、過去世というものがあるのかということや、何を学んできたのか、今何を学ぼうとしているかということを知るきっかけになるなら、それを探ってゆくのも面白い方法ではあります。
例えば、とっても裕福な一国の王様だったとしましょう。そして、その前は、奴隷だったかもしれません。そして、その前はギャンブラーだったかもしれません。そして、その前は神に仕える尼僧だったかもしれません。
そして・・・。きりがないのでこのへんで。
尼僧だったアナタは神に真に使える身、毎日毎日来る日も来る日も神に仕えていました。でも、年頃のアナタは自分の中に芽生える、どうにも抑えることのできない感情がふとしたときに湧き出てきて、罪悪感に囚われています。すべての物理的喜びや本来あるべき恋愛や性体験など全てを厳しく抑えこんでいました。あなたは死ぬときに、強く思いました、私はもっと人生を楽しく自由に冒険のように生きてみたい・・・。
そして、今度は男として生まれ変わりました。ある時期までは、大変おとなしく、礼拝することがとても好きではあったものの、子供達が悪戯をしたり、はしゃぐのを見て、ある感情が沸き起こります。「あんなふうに、自由にしたい。でもいけないんだ」親が厳しくなかなか自分の中の欲求のはけ口が見つからないまま、思春期を向かえたころ、それは一気に爆発しました。
ありとあらゆることを手当たり次第に欲望のままに、やりました。ふと「もうやってはいけない」と内なる声がすると、それをかき消すかのように、更にギャンブルや酒や快楽をむさぼるようになっていきました。ついに、破滅してしまうのですが、心の中の罪悪感が後をひき、次の転生は奴隷として生まれます。
奴隷の生活はむごたらしく、無論快適とは程遠いものではあったものの、アナタは心のどこかで、この人生の意味を悟っていました。「私は、この人生できっと変われるのだ。今のこの生き方を受け入れよう。鎖を一歩引きずるたびに私の罪が許されていくのだ」というような心境になれたのでした。
見るに耐えない悲惨な状況の中で、何故がアナタはとっても満たされた気持ちのまま最後を迎えたのでした。
次に選んだのは一国の主という宿命を背負った人でした。生まれてから、奴隷であるものに深い慈悲があり、また信心深い面がありつつも、楽しむことを知っているとても愉快な人間に成長しました。
あなたは国王であるために、様々な権力闘争に巻き込まれたり、大変な責任を負って多大な苦痛にも耐えました。余生を平和の中で迎えられたとき、「もう国王などになるものではないな、今度はひっそりと平和に生きるいち市民でありたい」と思いました。
そして、今あなたがいます。
これは、ひとつの過去世のモデルであり、大部分を削除したので、もっと複雑怪奇である人生が4コマ漫画みたいに描写されてしまいましたが、簡単にいうとこんな感じです。
私達の過去世というのは、一つではありません。また、魂の特性上同じような生を2人の人間が体験しているということも十分ありえます。魂は個別化しているわけではありませんので、例えばキリストがいた時代、その傍で生きていた人達はキリストを強く想っていましたし、実際にそのエネルギーに触れていた、一緒に生活をしていたとなると、自分の魂の記憶にキリストが常にあるような錯覚を起こし、自分はキリストだったと考えることもあります。だから、エネルギー的にみれば嘘ではありませんが、本人かというと・・・どうでしょ?
私達は魂の永続性から多種多様の人生を送っています。そのときそのとき、自分なりに心底思ったことをベースにして、次の転生に持ち越し、また同じような或いは違う自分の側面を磨くように転生を繰り返していきます。ですから、過去においてどうだったかということを知ることによって、今の人生をもっと理解する助けにはなるものの、立場も性別も環境も職業も同じとは限りませんから、そこに執着することは賢明なことではありません。
自分がどこかの王様だったり、偉大な歴史上の人物であったとしても、今の自分がそうでなければ、そうではないのだということです。
また、魂自体の目的は自分が真我と一体であるということを思い出すことにありますから、切り離している原因であるエゴ(自我、自分であるということ)を助長するような思い、「私は特別な存在である。私はこういう過去世を経験しているから凄い」みたいな発想がうまれると、本来の魂の目的からそれてしまいます。
僕個人の話で恐縮ですが、魂の経歴を見ようと*アカシックレコード*にアクセスしたことがあります。あまりにも膨大な量の情報が一気に流れ込んできたので、今の自分の魂的役割を構成する要因となっている転生をダイジェストで掻い摘んで教えて下さいと言うと、次々と見えてきて、その時の心情や前後の転生との関わり、因縁、転生理由が明らかになってきました。。
僕は人間が動物であることはないと長年思っていましたが、自分は遠い昔デカイサーベルタイガーのような生物で誰かに飼われているのが見えました。そして、動物の形はしていたもののちゃんと意識があって、いろんな事を考え感じていました。これは、ありえないくらい古い時代の話であり、しかも他の惑星での話しです。(笑) まぁ、お付き合いくださいませ。
僕は地球に転生してくる前の転生を次々にみることによって、何故今地球上にいるのかということを知ることができましたし、妙に納得してしまいました。地球での転生ももちろん古い時代からあり、今現在知られている時代よりももっともっと古い時代から始まっていました。(地球だけが文明を持っていて、今の人類の歴史が1万年前後であるという概念を捨てると見えてきます)
一端地球に生まれると、必ず地球人として生まれ変わるとは限りません。私達の多くは、他の惑星の文明を転生として持っている人達もたくさんいますし、元をたどればみなどこかの恒星系の記憶があるに違いないと思います。
オーラの泉で、「あなたはプレアデスに生まれています」なんていう事例が早くでてこないかなと思ってますけど。
他の恒星系(他にある太陽系のような星の集まる場所)によっては、物質的な要素が非常に薄く意識体と言う形で存在している場合だったり、或いは形状が人間に近くないものだったりすることも考えられますから、それを過去世として認識することが難しいかもしれません。
これは、他の恒星に転生があるということで、優劣を決めるものでも何でもなく、ただただ魂の経験の場として、地球以外のものがあるということであり、大きな目で見れば、私達はつながっているのですから、すべての人にこういう経験があるといっても間違いではありませんし、実際私達に魂の記憶の中に他の文明に過ごし、色んな確執を抱えた時期の想いを、そのまま今に再現しているということも言えるかもしれないのです。
なんか、宇宙的な話ってついついワクワクしてしまって、余計なことまで話してしまいます。
さて、カルマということについてですが。カルマという言葉聞いたことあるかと思います。因果応報、因縁というようなことです。しかし、一般的に知られているように、これは目には目を的なことではありません。確かにそういう風な側面もないことはないのですが、これは言い換えれば「課題」といえます。そして、悪いことに限らず、すべてのことにおいてこれは作用する絶対法則です。(今の地球次元においては)
カルマというのは、今まで色んな転生において経験したことの中で、自分なりにしこりとなっている、傷となっていること、積み重ねた徳、経験値など、今の生に持ち越して使うため、解消するためにあるものだと思ってください。
これを知るには、今の自分の置かれている状況をみると一目瞭然です。自分が苦労している生活の側面が解消されるべきカルマであり、そこに直面してひとつひとつ解決にむかって努力することがカルマの解消でもあります。また、先天的にもっている才能は過去世からの贈り物でもありますし、今世で発揮されるべきものはすべて持って来ていると言ってもいいと思います。
因果の法則は、言ってみれば波動の法則、牽引の法則そのものであるといえます。同じ波長のもの、状況をひきつけるということです。そして、それが自分にとって否定的であれば、自分の波動を上げる、すなわち、嫌うのでなく受け入れ、許す、癒す、手放すなどをすることによって、その波動が自分から分離するのではなく、自分の中に統合されることによって、その否定性をなくしてしまうということです。
わかりやすく言うならば、例えば、今僕に心から嫌いだと思うような人がいるとします。その人の所作のひとつひとつ、存在自体が気に入らないというような人です。その人がいるだけで、精神状態がおかしくなるような怒りや憎しみがあり、相手も自分に対して同じような気持ちを抱いているとします。
ここから、互いに歩み寄るという行動は即座に適うものではないでしょうから、100歩譲って、相手の姿を自分の影の投影だと見るようにしました。自分の何をこの人は映し出しているのだろうかという考え方です。そうすると、自分の中の「誰よりも優れていたい」というような、結局は劣等感や、内心非常に孤独で愛情に飢えている、優しさと縁遠いというような側面が露になっていきます。
そういうことから、自分の内面の旅をつづけ、癒されるべき癒しを積極的に行って、自分というものの一番ダークな部分に光を当てる作業を繰り返しているうちに、段々とその人の存在がうとましくなくなっていきました。やがて、その人は転職になって、遠い場所に行ってしまいました。
っとたとえ話ですが、カルマとカルマ解消の一例です。どんな状況であっても、結果的には統合されるためにあります。つまり、魂が真我とひとつになるためのいち要素であるということです。これを、何ヶ月かけて解消するか、何千年、何万年に及ぶ転生の繰り返しの中で解消するかは、ある意味自由であるといえます。
ある本には、私達が戦争を繰り返すことも、ある時期のカルマを解消しきれずに繰り返しているということが書かれてありました。
私達は、個々の魂のカルマもあれば、グループとして、国家として、というようなカルマも持っています。すべては偶然ではなく、その場所、その状況に関わっている人達というのは、以前にも同じような境遇にいて、今度こそは違う道を見つけ出す機会とみなすことができます。
今、こんなにも文明が発達しているにも関わらず、いまだに戦争が起き、未知の病原体と戦い、病と闘い・・・。しかし、反面では、このままではいけない、絶対にこれを解決しなければならないのだという意識が同時に強くなっているのも事実です。
人々が自分の霊性に目覚め、自分の本質である真我、宇宙と一体であること、魂はつながっているのであるということに理解を深めれば深めるほど、どれだけの戦争を持ってしても平和は得られないこと、またそれに断固反対し、戦争に憎しみを燃やすことでも、平和は訪れないのだということを感じとることができます。教訓としての戦争の惨事を語り継ぐこと、悲しみや怒り、怨念のようなものを伝承するのではなく、いかに平和を作り出すのかということを伝えなければいけません。
今のこの時点で見る惨事は、大きな目でみると当然の結果であるかもしれないのです。しかし、それをいつまでも繰り返すのではなく、終らせるためには、本当に平和や愛ということを自分の心に持ち、育てていくという努力をひとりひとりがする必要があります。そして、平和や愛というのは、実は私達の魂の本性でもあります。
「分離している」という幻想を取り払って、平和の境地に還ること、すなわち、エゴを手放し、全体として物事を見る、感じることができるようになることによって、本当の意味で争いがなくなるのです。
闘争本能が人間にはある、と聞いたことがありますが、魂の本質からすれば、それは違います。なぜなら、私達の本質は一体であることであり、そこには自分や他人という概念すら存在しないのです。自分も他人もないところで、一体何に怯え、何と戦う必要があるのでしょうか。
時代をとりまくエネルギーの流れが速くなり、波動がどんどん精密になっていっています。(波動が上がるということ)その中で影が浮き彫りになったりしますが、それはあってないようなものになっていくでしょう。私達の向ける意識が、優しさや平和、愛や喜びであると、このエネルギーの流れによって、そうでないものが一掃されていきます。(詳しくは<変化する地球と私達>を参照)
過去世は、時間的な軸から見た場合の転生であり、本当は同時に存在しているものでもあります。ですから、過去に囚われず、今を精一杯生きるということで、すべての転生が成就されると言ってもよいかと思います。
私達はたくさんの人生を生き、その中でたくさんの経験を持っています。愛情深く寛容で慈悲の心に溢れた性質もあれば、その逆もあることでしょう。様々な経験において培ってきた叡智を今の人生にいかに使うかということ、よく考えて下さい。つまり、自分の中にある色んな性質をどのように今の人生に活かしていけば、幸せだろうかと。
話が深刻になってしまったので、ちょっとブレイク。過去世活用法をご紹介します。
自分の過去世を知りたいという人へ。最近見つけた本で、アカシックレコードについて書いてあるものがありました。そして、著者いわく、誰にでも簡単にアクセスできるもの、それがアカシックの存在理由であるということです。(アカシックレコードについては、簡単スピチュレシピ1をご覧ください)
因みにアカシックレコードというのは、全意識の記憶されている情報バンクとでもいいましょうか。アストラルレベル以上に存在する記録庫です。
僕は以前からこの存在を知っていましたが、どのように活用するのかいまいちよくわからなかったので、あまり追及していなかったのですが、この本によって「何か特殊なもので修行しないと見られない」というような先入観をとりのぞくと、あら不思議。見えちゃった〜んです。
でも、パスワードがしっかりしていないと、とりとめないものがくるだけで、無に等しいときもあります。
どうするかというと、ただ楽な気持ちでボーっとするだけ、本当にこれだけなんです。んで、パスワードなんですが、グーグルなどでインターネット検索なんかしている人は分かると思うんですが、検索するところに適切な言葉を入れないと、欲しい情報がなかなか出てこないのと同じで、ある程度的を絞った質問というか、リクエストをしないといけません。
例えば、「僕の過去生を見たい」と言っても、何千とある転生ですから、ただただ雑念が頭の中に広がる感じで、支離滅裂ですが、「今の人生に一番関連している過去世を順を追って、5つまで私が理解できるようにゆっくりと見せて欲しい」と言うと、見えてきます。
このときに、先入観を持たないこと、どんなことが見えても参考程度に思うこと、実は間違っているかもしれないから鵜呑みにしないということを心がけて、気持ちをオープンにして見えること感じることをそのまま頭の中で展開していきます。
見えないときは、理由があって見えないのだとして、あきらめましょう。
人の意識って面白いですね。「無理そう」と思うだけで、自分にガードをかけてしまうんです。つまり、アクセスできるはずの場所にアクセスできなくしてしまうんです。単純なようで、実にたくさんのことにこれをしていますね。
自分の過去世は、自分の趣味や癖や才能や興味のある場所、時代などからも分かります。地球上の転生でしたら、その場所に強く興味をそそられるとか、逆にイヤ〜な気分になるとか。小さい頃に特に習いもしないのに、絵が上手、ピアノが弾けるとか、文章書くのが好き、研究熱心とか、そういうことでもわかります。
アカシックにせよ、自己分析にせよ、霊能者に見てもらったにせよ、確証のあるものはないのですから、その程度で満足してください。
要は、そこから何を得られるかですから。
大体の探りをつけて、自分がこれこれこういう時代の、こういう風なことをしていた人ではなかろうかということを考えます。それが事実から離れていたとしても良いやくらいに思って。
そして、その人が持っている素晴らしい特質や才能は何であるのかを感じとってみましょう。
カリスマ性?母性愛?統率力?セックスアピール?洞察力?癒しの力?研究心?努力家?気さくで明るいところ?自由奔放?などなど、なんでも良いです。書き出してみましょう。その人から感じ取れるよい質を探ってみてください。
イメージで、その人の良い質が今の自分に全部受け継がれるところをイメージして下さい。
それは象徴的に冠を与えられるかもしれないし、一体になるかもしれないし、筆を渡されるかもしれないし、光の玉を渡されるかもしれないし、何でもいいです。そして、それが今自分のものとして発揮されるという場面を想像してください。過去生の自分にありがとうを言って、おしまいです。
やってみて!面白いよ。
自分のカルマを知りたいという人がいます。が、今の自分の人生を生きることが、カルマ解消ですから、必要なときには過去世関連の情報がなんらかの形で与えられるかもしれませんが、今の人生をよくみることでわかることです。だから、過去世見て、自分でショック受けて立ち直れなくなったりしないように気をつけてね。
僕自身も、たくさんの悪事もあれば、散々な目にあったりした過去生がありますので、そういうことを見ていくと、今の人生でどんな生活をしている人でも、以前は大変な思いをしてたんだろうなとか、今は威張ってるけど、今度はつらい思いをするのかなとか、人っていっぱい色んな体験を、この人生以外でもしているんだと思います。だから、結局、誰が偉くて、誰が劣っていてといような考えにならなくなりました。
なんだかんだいっても、私達はそれぞれの方法で、家に帰り着く方法を見つけ出そうとしているのだと思うのです。憎しみあったり、愛し合ったり、失ったり、再会したり、自滅したり、奮起したり・・・そういう中で、それぞれが学んで、同じ所に帰るのです。
もっと霊的に目覚めると本当に争いがなくなるのだろうなと思います。
付録<クオンの過去世>
僕の過去世はたくさんたくさんあるんですが、地球時代のものは、一環して今と同じようなことをしていました。人にメッセージを伝える巫女のようなもの、ヒーリング的なこと、音を使った磁場調整のようなこと・・・。
地球上の場所で言えば、アトランティス、エジプト、中国、日本、アメリカ、チベット、フランスなどなど。それで、その時代背景にともなって、色んな捉えられ方をしてきましたから、ある時は権力にいいように使われたり、社会構造があまりに利己主義であり横暴であったために、大失態を招いたり、占い師や魔女的に扱われて迫害されたり、伝える内容がその時代の異端とみなされ追放されたり、ほんのちょっとだけ関与して、とっとと帰ったり、とまぁ、決して幸せと呼べるような人生は送っていないと思いました。
これは、仕方のないことなんですけど。ある時期から僕は奉仕をするためだけにここに来ていて、自分のことはさておき、助けよう助けようと意気込んでばかりいた、そんな感じです。
今回はもっと気楽にやらなければいけませんし、自分にとっては新たな役職!?につくための訓練をしている人生でもあります。か、解脱してしまうのかもしれませんし・・・、そこんとこはまだわかりません。ただ、自分は地球を卒業するということだけは知っています。(条件がそろえばだけど)
遡ること、それこそ久遠の時、奴隷だったこともありますし、兵隊として無意味な残虐を繰り返していた時期もあります。人としては最低な場所にいたこともありますし、生まれたばかりで生贄になったり、動物として酷い扱いを受けていたり・・・っと一応それなりの人生経験はあるみたいです。
あ〜・・・、本当に気の遠くなるような昔から人って争ってたんだな〜とか思うと・・・。恒星系の話を含めた地球人類の歴史ということを書いた「プリズム オブ リラ」という本は面白いです。まだ出版しているかな?わからないけど。ファンタジーのようであり、すごく納得したり、読んでるうちに自分の中のDNAが開く感じがする本です。興味のある人は読んでみて。
ある意味、僕は自分の魂の歴史を知る必要があったので見せてもらえたといえます。そうすることで、今の自分の役割とかが明確になったし、こうやって皆さんにお話することができるからです。
信じない人もたくさんいるでしょうが、きっとこれからはどんどん興味を持つ人が増えてくるだろうなと思っています。そうしたときに、過去生の意味という見地から助言することが可能であり、単に興味本位に終らせないことができるのだと思います。
最初は興味でいいと思います。でも、そこに振り回されたりするのは時間の無駄です。今が大切です。今を大切に生きる、楽しんで生きる。その過程に過去世を知ることが必要なときもあるかもしれません。
「求めよ、さらば与えられん」という聖書の言葉があるように、何でも答えを求めてみてください。そして、状況が正しければ、得られるものなのではないかと思います。特殊な能力や経験が必要なわけでなく、誰にでも与えられるものです。
最後に。魂のカルマがあるとするなら、私達は皆幸せを創造するカルマがあるといってよいかと思います。世の中が平和で住みよい場所になるように、考え、話し、行動し、祈り、感謝する、個人レベルでひとりひとりが行っていけば、きっとそれは実を結ぶのではないかと思います。
結局、一人きりの幸せはありません。みんなが幸せであって、初めて本当の幸せであると思います。そして、それはお金のあるなしなどでは測れるものではありませんし、究極的には私達はひとつである、もともと幸せに満ち溢れた、至福以外の何物でもないのだということを思い出すということではないかと思います。
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