
ここでは自分と向き合うということについて、ちょっとお話してみようと思います。
私達は大人になるにつれて自分のことをごまかすのがとっても上手になっていきます。
本当は辛かったり、苦しかったり、許してもらいたかったり、愛して欲しかったり、
大声を上げて泣きたかったり、それで、抱きしめて許して欲しかったり・・・。
でも、そういう気持ちを「もう大人なんだから」ということで結構たくさんの事を無い物として
どこか心の奥へとしまってしまいます。
確かに、仕事や家庭、人間関係を考えると、自分勝手に感情的に振舞うわけにはいきませんし、
何かと不都合なことが起こるからこそ、そうするわけですが、ほとんど私達は心のケア
ということについて、真剣に学ぼうとしたり、また積極的に向き合おうとすることを
後回しにしてしまいます。
そして、時間が経つにつれて、忘れてしまうのです。しかし、押しやってしまった感情や想いは
心の奥にしまわれたままで、自分で勝手に出て行くわけではないのです。
別れた彼氏/彼女のこと、もう何年も昔のことだし、他の人とも付き合ったりして、忘れてしまった。
自分が失敗をしたと感じ敗北感に苛まれ辛く悲しい思いをした。でももう何年も前の話で今は大丈夫。
子供の頃に酷い目にあわされてきたけれど、もう自分は立派な大人だし、その頃のことは
あまり考えないし、大丈夫・・・・。など思っている人は少なくないのではないかと思います。
中には、関係をすっきりさせたり、自分をしっかり見つめることができたりすることもあるでしょう。
それは、自分の過去を認め、許し、必然的な学びの一環として観る事ができたときです。
辛い出来事や思いは、学ぶためにあって、成長するためにあり、その時感じていた様々な
感情はいつまでも大切にするものではなく、手放してよいとすることです。
私達は災難に見舞われるとき、苦しみます。そして、時が経つにつれて悲しみや怒りや後悔など、
段々薄れていきます。苦難に直面したときに、なんとか這い上がろうとして、それらの感情を一時的に
ぐっとこらえたり、何かで紛らわしたりします。耐えるに忍びないから、そうするのですが。
そして、後になって、「こういうことが学べたんだ、いいじゃないか」と思えるようになります。
(いつまでも、しがみ付いている人もいるかもしれませんが・・・)
そうやって理解することは大変良いのですが、その時に当時感じた悲しみや怒りや
絶望感などの感情が自分の中に残っているということはなかなか気がつきません。
特に大人として生きている私達にとって、感情的になる機会があまり日常的にないと
自分の感情に対して???と、疎くなってしまっています。
過去を振り返って、涙を流したりすることもあるかと思います。それはひとつの浄化です。
また、日頃の溜まった感情を映画を観たり、お芝居を観たりすることで心を開き、涙を流す。
これも浄化であるのですが、もうひとつ深い浄化ができるともっと楽になれます。
それは、思い出した過去の悲しみ、それを体験している当時の自分の姿を客観的に見て、
抱きしめてあげることです。(実際自分を抱きしめていいです)
そして、「大丈夫だよ。もう安心していいよ。辛かったね。でも、もう悲しまなくていいんだよ」
と言ってしっかり安心するまで抱きしめてあげます。
涙を流すとすっきりします。体はだるいかもしれませんが、心が晴れたような気がします。
けれど、それだけでは深いレベルの癒しとは言えないのです。(泣いていいんですよ)
だから、もし辛い過去を振り返って見て、悲しくなったり、怒りを覚えたり、なんとも言えない
虚しさを感じたとき、客観視してみて下さい。
決して当時の自分に逆行してその時の感情を同じようにただ感じるのではなく、
「こんなに僕は辛かったんだ、悲しかったんだ、怒りたかったんだ、虚しかったんだ・・・」
というのをちゃんと認めてあげて、「よしよし、いいよ。大丈夫だよ。辛かったね。愛してるよ。」
と状況に適切な言葉とありったけの愛と光を注いであげてください。安心を感じるまで。
そう、子供が母親に抱かれて安らかな笑顔を浮かべるように、当時の自分が安心を
感じるまで。
これは、自分癒しの項にもある「インナーチャイルド」と同じことなのですが、
ただ、自分をしっかり客観視することができないと、同化してしまって再度辛い思いをするだけで
終ってしまいます。涙も流れるかもしれませんから、なんとなく終ったような気になるのですが、
癒やされたのではない。だから、当時の自分が安らかな気持ちになるところまで抱きしめます。
中には怒りや反発が物凄くて、とても自分に向き合えないと思うものもあるかもしれません。
でも、結果的に許すのは自分です。愛するのは自分です。本当に癒やせるのは自分なんです。
自分の持つ感情に対して客観視ができるようになってくると、人の色んな感情が自分に影響しない
事がわかってきます。ひっかかるのではなく、流れてしまいます。ずっと引きずることがなくなって
くるのです。だから、生きるのが楽になっていきます。
周囲を見てください。気分が優れない人やイライラしている人に囲まれていないでしょうか?
そういう人を見て自分が影響を受けていないでしょうか?
「そういう人達のせい」で自分の心が乱されストレスになっていませんか?
心当たりのある人。それは、自分の中を見ましょうというサインです。
癒やされたい部分がありますよ、というサインです。
自分を見つめて、癒しが起こると、周囲にそういう人達がいたとしても、影響されなくなっていきます。
自分が癒やされると輝きが増して行きます。心が晴れてくるからですが、そうすると周囲の人達は
アナタがそうしようという意識がなくても、恩恵を得ることができます。
アナタの光によって、周囲が明るく照らし出されるのです。
幸せというのは結構身近なところにたくさんあるものです。自分の中に。
心が晴れると幸せなことを幸せだと感じられます。小さな事にも喜びを感じることができます。
今いる自分や環境に感謝の念を持つことができます。人生に希望を持つことができます。
自分を癒やすためには、自分の事をときどき深く見てあげることが大切なのです。
それは、間違い探しのようなことではなく、幸せへのドアを一つ開ける自分のための行為です。
完璧である必要などないのです。
「癒やされるべきものがあるとしたら、私は喜んで癒やします」という姿勢は、
成長しよう、もっと幸せになろうとする私達にとっても大切ではないかと思います。
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